スメハラ
2024年10月21日
家に帰り着き車から降りると、夜の風にキンモクセイが香った。「どこに木があるのだろう」と鼻を鳴らしながら探すと、通り向かい2軒先のお宅に立派な木を見つけた。満月を過ぎ、欠け始めた月から放たれる月光で、小さい実のような花が複雑な影をつくりながら輝いている。周囲に散らばったその橙色の花からは、香水にも似たうっとりする香りが漂っていた▼花が咲くまで、そこにキンモクセイの木があることは気付いていなかった。しかし今後は秋が来る度に、この月光に照らされたキンモクセイを思い出すことだろう。記憶と嗅覚は結びつきやすいといわれており、人には誰でも、忘れられない匂いが一つや二つはあるものだ▼例えば、大分県民なら一度は嗅いだことのある、高速道路で別府に入った瞬間に車内に流れ込んでくる、温泉の硫黄の匂い。暑い夏の夕方に、夕立によってアスファルトから立ち上る雨の匂い。別れた恋人の服の柔軟剤の匂い…は、いま思えば実家の柔軟剤と似ていた▼しかし、「におい」には、いわゆる「悪臭」と分類されるものもある。下水や生ごみ、ちょっと辛いところでは加齢臭―などか。「スメルハラスメント(スメハラ)」なる、においに関して周囲の人に不快感を与える迷惑行為も、耳にしたことがあるだろう。きつい体臭や口臭、たばこなどが一例だ。強すぎる香水なども当てはまる▼香水といえば、その昔、旦那にプレゼントしたことがあるのを思い出した。最近そのにおいを嗅いだ記憶はない。もう消費してしまったのだろうか。風呂上がりに炭酸飲料を楽しむ旦那へ「ねぇ、前にプレゼントした…」と話し掛けた瞬間、盛大なげっぷを披露してきた。100年の恋も冷めそうなスメハラ。キンモクセイの余韻も台無し。怒りに任せてパソコンを閉じた。(万)