畔津 義彦さん(竹田土木事務所長)
2007年05月24日
2年間勤めた東京事務所からの赴任。「久しぶりに現場事務所に戻ってきた。自分のフィールドが目の前にあるというのはいいですね。向こう(東京)での議員相手の仕事とは違う」と着任の感想。竹田は父の仕事の関係で小学校1年生から3年間過ごした。当時の竹田小学校は、今はない。改めて眺める竹田の町は「やっぱりきれいだなぁ」。
課題は多い。「中九州横断道路は、地域にとって必要かつ重要な道路で早く竹田まで開通してほしい。建設が円滑に進むようサポートしていき、中九州道につながる細かい道路網を整備したい。防災面はかなり整ったが、安心・安全性の問題はこれで終わりだということはない。河川・土砂災害など竹田地区にはまだまだ危険な個所があり、これからもしっかり整備していかねばならない。私たちには、地域と人々の生命と財産を守る義務がありますから」と力を込めた。
現場の仕事をしていると、人情味あふれる人々との出会いや得難い体験もする。「道路課時代に、現地事務所ができる前の空港道路建設の担当で、20kmにおよぶ山の中を2度も歩いて測量した時は大変だった。その時に、地元住民の方に『大変ですね』と声をかけられジュースやミカンなどを差し入れしてもらったときは、うれしかったですね。忘れられません」と当時を振り返る。
「事業のベースになっているのは、大分土木未来(ときめき)プラン2005の『使命・心得三原則・行動指針』。これを実践するには、職員と地元の人との対話がもっと必要。施工現場に行ってその周辺の人たちとは話しても、他の地区の人たちとはなかなか話す機会がない。もっと職員と地元の人たちとの話し合いの場を作り、私ども土木事務所の事業の中身や活動を知ってもらいたい」と地元密着の土木事務所を目指す。
職員には「地域に近いところにいるので、一人ひとりが何事にも対応できる危機管理意識を身につけてほしい」と求める。
大分市季の坂で奥さんと2人暮らし。趣味はバトミントン。昭和30年生まれの52歳。